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最終更新日:2025年3月28日
次世代のために、環境活動に取り組む漁師さん。
地域みんなで育ててきた兵庫運河を里海にしたい。
兵庫漁業協同組合
糸谷謙一さん、前田淳也さん
井上隆司さん、糸谷伸一郎さん
糸谷壮太郎さん、北條要さん
天井拓巳さん
「漁師さん」と聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?真っ先に浮かぶのは、船の上で魚を獲る姿でしょうか。今回ご紹介する兵庫漁業協同組合の漁師さんは、魚を獲るだけでなく、地元の小学校での環境学習や生き物が棲みやすい環境づくりに取り組んでいます。ではなぜ、漁師さんが環境活動をしているのでしょうか?
地域みんなの力で、兵庫運河の自然を再生。
人工のビーチと干潟も地域の声から生まれた。
ノエビアスタジアムの近くに、兵庫漁業協同組合の船が並ぶ港と事務所があります。事務所を入ると大きな水槽があり、「アマモ」という透き通った緑色の植物がゆらめいています。階段を上がると、迎えてくれたのは7人の漁師さん。和気あいあいとしていて、あたたかい雰囲気です。今日は、兵庫漁業協同組合の皆さんが行う兵庫運河での環境活動についてお話を聞きにきました。
兵庫運河は明治時代、兵庫津へ来る船の難破を防ぐために地元の人たちが出資してできた日本最大級の運河です。完成すると運河沿いには工場が増え、運河から多くの製品が運ばれていきました。1950年代になると、エンジンにより大型化した船が運河に入れなくなったため、貯木場として活用され始め、丸太の輸入や売買の手続きが活発に行われていました。一方で1960年代に兵庫運河は、工場や家庭の排水の流入や船からの油もれなどが原因で、水質汚濁が深刻化。その状況を変えたいと、1971年に木材の会社など運河沿いの企業が「兵庫運河を美しくする会」を設立し、神戸市とともに運河をきれいにする活動を始めました。設立から50年以上が経った今も定期的な清掃活動を続けていて、参加者の数は増えているのだそう。徐々に水質が改善し、2007年には兵庫区の小学校のPTAが「兵庫運河・真珠貝プロジェクト」を立ち上げ、市内の真珠業者とともに親子での貝の世話を通して命の大切さを学ぶ活動を始めました。兵庫漁業協同組合は2012年頃から、運河の生き物調査を発端に、より多くの生き物が棲める海辺にしようと活動を進めています。
2013年には兵庫運河で活動する団体の連携を強めるために、「兵庫運河を美しくする会」、「兵庫運河・真珠貝プロジェクト」、「兵庫漁業協同組合」、生き物好きの理科の先生やOBの方々が参加し県内の河川などの自然環境保護に取り組む「兵庫・水辺ネットワーク」、「神戸市立浜山小学校」の5団体が集まり、「兵庫運河の自然を再生するプロジェクト」が立ち上がりました。団体間の情報交換や各団体の活動への相互参加、情報発信での協力などを進めています。こうした長年の活動が認められ、環境省の「自然共生サイト」の登録や「ブルーカーボン・クレジット制度」の認証にもつながっています。
活動場所は主に2つあります。1つは「浜っ子きらきらビーチ」です。護岸工事の話が持ち上がったとき、地元の人々が「生き物がいるから守りたい」と神戸市港湾局と話し合いを重ねました。その結果、直立護岸ではなく砂浜を作る石積み護岸に計画が変更され、人工ビーチが作られたのです。もう1つが「集まれ生き物の浜」です。地元の人々と国土交通省が話し合い、官民一体となって人工干潟が完成しました。この干潟には役目を終えた神戸港の防波堤の砂や石が使われていて、「リユース」の人工干潟は日本初。親しみやすい2つの名前は、神戸市立浜山小学校の子どもたちが考えたのだそうです。
小学校の環境学習を漁師が担う。
子どもに教えることで自分も学ぶ。
ここからは兵庫漁業協同組合の取り組みをご紹介します。兵庫漁業協同組合では、神戸市立浜山小学校の3年生から5年生の環境学習を受け持っています。まず3年生が体験するのは「アサリプロジェクト」。体験を通して子どもたちは、アサリなどの二枚貝は水質を良くするという効果以外にも魚の餌になるなど、生態系のピラミッドを支えてくれる存在であることを学びます。授業の始まりは春。5,6月に浜に現れる小さなあさりを一人20個体ほど拾って袋の中に入れ、5ヶ月ほど海の中で飼います。飼育といっても、ほとんど何もせずに放っておくだけ。11月頃にみんなで袋を開け、アサリがどれだけ生き残っているのか、どれだけ大きくなったのかを確認し大きさを測ります。袋の中には、カニやゴカイなどアサリ以外の生き物がたくさん。アサリしか入っていなかった袋に、さまざまな生き物が増えるという“変化”を体験してもらうことがポイントです。「この取り組みですごいのは、天然のアサリを使っていることなんですよ。」と糸谷謙一さん。別の場所から持ってきたアサリではなく、実際に運河に着底して育ったアサリを使っているのだそうです。
アサリプロジェクトのメイン講師は前田さん。各班には漁師の皆さんが1人ずつ付いて、子どもたちにやり方や海の状況を教えます。子どもたちへ教えることについて、漁師の皆さんはどう感じているのでしょうか。
糸谷謙一さん
自分も理解していないと子どもたちに教えられないじゃないですか。教えるために勉強すれば、漁師としてのスキルも上がっていきます。若手にも積極的に参加してもらって継続していきたいですね。
北條さん
子どもに教えていると、逆に子どもの目線から学ぶこともあって。「なんで死んでるんやろ?」と質問されて、「ああ確かに、何でアサリが死んでしまったんやろう?」って思って調べてみたり。知らないことを子どもたちと一緒に勉強しています。
生きものの住処となるアマモをみんなで育てる。
兵庫運河は魚が棲みつく環境へ。
4年生になると次はアマモについて学習します。アマモは海藻ではなく陸上の植物の仲間で、多くの生き物の住処となる重要な存在です。兵庫漁業協同組合では、兵庫運河でのアマモの移植を進めてきました。子どもたちはアマモについて学習した後、水槽にアマモの種をまきます。育った苗は、漁師の皆さんの手で運河に植えられます。
アマモの活動は小学校の環境学習以外にも拡がっていて、井上さんが中心となって進めています。例えば、こべっこランドでは、子どもたちにアマモの姿を知ってもらうため、井上さんが監修したアマモの水槽が設置されました。水槽のそばにはアマモの紹介動画を流すモニターや、アマモや海藻に関連した本が読める「アマモ文庫」も作られました。さらに、行政と兵庫運河沿いの企業の協力のもと、アマモを増やすシートに種を植え付ける取り組みや、アマモの種やりと干潟の観察会をセットにした環境学習プログラムを企画し、浜山小学校以外の子どもたちにも教える機会を作っています。
アマモの発芽率は自然界でも10%ほど。種から育てることはとても難しいのだそう。毎月1回、漁師の皆さんが潜り、アマモがどれだけ生育しているかを確認します。さらに、大学の先生やボランティアダイバーなどの協力も得て調査をしています。今の兵庫運河の水中の様子を撮影した動画を見せてもらうと、アマモが生き生きと育っていて、間から生き物が見え隠れしています。糸谷謙一さんは、「アマモの範囲をもっと拡大していけば、イカの産卵場などにもなるんですよ。」と教えてくれました。
プログラムの最後は水産業の学習。
子どもたちの興味関心に応えたい。
環境学習の最終年の5年生では水産業を学びます。講師は、糸谷伸一郎さん。底引き網漁を体験して獲れた魚をタッチプールで観察し、最後に魚を締める作業を見学します。こうして子どもたちはどのように魚が流通していくかを学び、3年間のプログラムを通して、環境活動と漁業の二つがあるからこそ育まれる兵庫運河の豊かさを体感することができます。子どもたちがどんな反応をするのか、糸谷伸一郎さんに尋ねました。
糸谷伸一郎さん
毎年やっていると、「もっと関心を持ってもらえるように」「もっと楽しい時間になるように」と考え始めて、僕自身も調べて勉強しないといけない気持ちになります。意外とこれが自分自身にとってもすごく勉強になって。子どもたちはいろんなことに興味関心を持ってくれて、「意外な視点で見ているんやな」と思うコアな質問も結構あるんですよ。とにかく受け持った時間はしっかり全員がこっちを向いて関心を持ってもらえるように準備をしておけば、子どもは真剣な目で話を聞いてくれます。
魚がいない海。
一番近くで感じているからこそ、自分たちから始めなければいけない。
漁師のお仕事の傍ら、精力的に環境活動に取り組む皆さん。どのような想いで活動に関わっているのでしょうか。
前田さん
底引き網漁は特に、年々漁獲量が減っています。このままだと本当に何年後かに魚がいなくなってしまうかもしれない状況です。魚がいなくなることは、僕たちの職業では死活問題です。簡単に言えば、魚が増えてほしい。そのためにどうしたらいいのかと考えた時、環境活動と僕らの想いがマッチしました。今が底辺だとしたら、これからは上がるしかないと思って辛抱強く活動させてもらっています。
井上さん
僕らの代の話ではなくて、その先の若い世代のために、状況を良くしていかないといけないという思いで活動していますね。ただ、漁師だけでは環境は変えられないから、みんなに応援してもらいたくて。漁業者だけじゃなくて、みんなで環境というものに本気になって、一緒の道を歩いていきたいですね。
20代の漁師が直面する漁業の現実。
自分の行動で、環境は変えていける。
先輩の活動に参加し始めたという20代の漁師の皆さん。環境活動を通して、心境にどんな変化があったのでしょうか。
糸谷壮太郎さん
漁師をして2年目になります。父も祖父も漁師で、いつも船を満水にして帰ってくるような漁師だったんですけど、自分が船乗って行きだしたとき「たったこれだけか」と思う量しか獲れない現実があって。魚がいない状態で、底が死んでしまっているんです。底に魚がいないと底引き網漁は商売になりません。持続可能な漁業にしていくには、海を再生していかなければいけない。そのために、アマモや二枚貝などの活動にもっと入り込んで、魚が寄ってくるような環境を作っていきたいと思います。
北條さん
去年から漁師を始めました。3,4年前に漁を手伝ったときと今とでは、漁獲量がとても減っていると感じます。活動を通して漁獲量を戻していきたいっていうのが本音です。
天井さん
去年の7月に漁師になりました。海や山は、自分が住むまちにもつながっているんだと目を向けられるようになったのが一番大きいですね。あと、海は「みんなで使っているもの」「良くしていくもの」という意識がすごく芽生えました。この活動を通して、もっと人と人とのつながりが強くなってほしいと思います。
漁師が考える「里海」の姿。
兵庫運河の活動には「里海」という言葉がよく登場します。漁師の皆さんが考える「里海」とはどんな姿のことなのでしょうか。
前田さん
夢っていったらオーバーですけど、それはもういろんな種類の魚があふれるくらい戻ってきてほしいですね。どこに行っても魚が棲んでいるという状況が理想かな。
井上さん
兵庫運河で生き物が育って、外へ出ていくような、生き物の「ゆりかご」になってほしいですね。子どもたちにもそう伝えています。
糸谷謙一さん
僕はずっと「港である前に海だ」という想いを一番に掲げていて。魚って、水深10m以下でないと育ちにくいんですよ。だから浅場はすごく大事で。人間のためだけに使うのではなくて、生きもののためにも浅場の利用を真剣に考えないといけないと思います。
活動を続けていくために、仲間を集め、学生の力を活かす仕組みを作りたい。
さまざまな団体とつながり、連携を進めている兵庫漁業協同組合の皆さん。連携をする上で心がけていることを尋ねると、「基本ウェルカム。違う分野でも知り合って友達になって一緒にやろうとなっていく」と井上さん。糸谷伸一郎さんは、「価値観が合うかどうか。熱量があるかないか」とのこと。最後に、これからも活動を持続していくために必要なことを尋ねました。
井上さん
「仲間」ですね。活動の初期は、参加者はすごく少なかったんです。僕らがやり続けていたら、応援してくれる人がだんだん増えてきました。これからは、飲食を絡めた企画など参加してくれる人が喜ぶような活動も考えていきたいですね。
糸谷謙一さん
僕たちは、漁業の仕事をやりながら環境活動をやっています。活動を継続していくためには、僕たちに変わって大学生などの若い人たちが講師役を担ってくれるような仕組みを作っていけたらいいなと思っていて。学生にとっても、就職などでちゃんと評価されるような相乗効果が生まれるのが理想ですね。
兵庫運河の活動に興味を持って「自分も関わってみたい!」と思った方は、兵庫漁業協同組合にぜひ連絡してみてください。
兵庫漁業協同組合
http://www.hyogo-gyokyo.or.jp/
兵庫運河の自然を再生するプロジェクト
https://hyogocanalproject.site/
兵庫運河漁業協同組合、兵庫運河を美しくする会、兵庫運河・真珠貝プロジェクト、兵庫・水辺ネットワーク、神戸市立浜山小学校で構成する「兵庫運河の自然を再生するプロジェクト」は、令和6年度 神戸SDGs表彰にて『豊かな里海をめざし、兵庫運河の自然を再生する取組を行うことで、環境保全や地域活性化を推進している』ことを評価され、神戸SDGs大賞を受賞しています。
【令和6年度 SDGs表彰 受賞者】
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/58029/2024riihuretto.pdf
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