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循環型社会

最終更新日:2023年6月15日

牧場の資源を余すことなく循環させる。
諦めない先に見えた持続可能な酪農の姿

弓削牧場 弓削忠生さん 弓削和子さん

 

毎日の食卓に登場する牛乳やチーズ。みなさんはその生産過程を想像したことはありますか?神戸市北区にある弓削牧場では、牛のふん尿をエネルギーに変え牧場内で循環する環境にやさしい酪農に取り組んでいます。長年の取り組みが評価され2023年3月には「神戸SDGs大賞」を受賞。今回は循環型の酪農が実現するまでの道のりについて、弓削牧場の弓削忠生さんと和子さんにお話を伺いました。

緑豊かな牧場で、数々の挑戦が生まれてきた

閑静な住宅街を進み看板が見え門をくぐると、そこは別世界。都市部とは思えない、広大で美しい自然が広がっています。木のぬくもりを感じる牛舎やレストランは、絵本に出てくるような佇まいです。1943年に牧場を始めた先代・吉道さんの後を忠生さんが継ぎ、家族で牧場を営んできました。39年前(1984年)には牛乳の消費量が低迷する中、牧場を存続させるため当時日本でほとんど製造されていなかったナチュラルチーズを独学で開発。その後もナチュラルチーズの食べ方を発信する拠点「チーズハウス・ヤルゴイ」のオープンや、お菓子や石鹸の開発などさまざまな挑戦を続けてきました。2012年からは、牛のふん尿によるバイオガス発生の実証実験を始め、2018年に全国初の小型バイオガスユニットを牧場内に導入しました。バイオガスを牧場内でエネルギーとして活用することで循環型の酪農が実現しています。ではどのようなきっかけでバイオガスの取り組みが始まったのでしょうか。

都市近郊ならではの匂いの問題。たどり着いた解決策はバイオガス

弓削牧場の周辺はもともと六甲山麓の自然豊かな土地でしたが、年々宅地開発が進み牧場は住宅地に囲まれていきました。開発で山が削られたことで風の向きが変わったため住宅地へ牧場の匂いが届くようになり、ある日「匂いが耐えられない。」と直接牧場へ連絡が入ります。何とか解決しなければと事例を調べる中で見つけたのがバイオガス。牛のふん尿を発酵させ発生したメタンガスをエネルギーとして活用する仕組みです。帯広畜産大学の梅津一孝教授が研究していた小規模のバイオガスプラントに可能性を感じ、すぐに梅津教授に電話をしました。梅津教授は想いを受け止め、「北海道では普及しているが、本州ではまだ事例がないのでぜひ協力したい。」と答えました。「チーズの開発のときもどんなときでも、私たちは思い立ったらすぐ動くんです。」と和子さんは振り返ります。

何があっても諦めない、独自に実験を重ねた

梅津教授とその教え子である神戸大学の井原一高教授、バイオガスのコンサルティング会社、知り合いの県職員の方たちの協力のもと、バイオガスのプロジェクトが始まりました。交付金の申請書類作成時には、文章力のある長女・杏子さんも大活躍。まずはバイオガスの事例を学ぶため、北海道を中心に視察へ訪れました。北海道の野村牧場では「次世代のために、バイオガスや搾乳ロボットを取り入れている。」と聞き感銘を受けたそう。また、埼玉県小川町では有機農業による地域づくりに刺激を受けたそうです。こうしたさまざまな出会いの中で、実現に向けて気持ちが高まっていきました。プロジェクト開始から3年目、バイオガスプラントの導入資金の見積りを出したところ、3億円という膨大な金額が示され検討を中断。しかし「ここで終わるのは悔しい。」と二人は諦めませんでした。北海道の牧場からバイオガス発生時にできる消化液をもらい、そこに牧場で出たふん尿を継ぎ足し発酵させる実験を独自でスタート。すると夏に、タンクからガスが発生し始めたのです。

忠生さん
全てが手探り状態でしたね。発生したガスを溜めようとビニールハウス用のビニールを使って袋を作りました。放置していれば自然にガスが溜まっていくと思って楽しみにしていたら、数日経つとガスが減って袋がしぼんでいる。その結果から、気温が下がると微生物の活性が下がり、温度を保たなければガスが減ることが分かりました。こうやって失敗を繰り返しながら、バイオガスの発生方法を掴んでいきました。

熱意を持ち続け、日本初の小型バイオガスユニットが完成

弓削さんから連絡を受け、ガスが発生している様子を見た井原教授は「実験室以外で見たのは初めてだ。」と驚いたのだそう。それから大学と共同で、コストを下げた小型のバイオガス装置の研究開発が始動しました。当時、装置の小型化は難しいという意見が大勢を占めていましたが、忠生さんは「本州の酪農家1軒あたりの飼育頭数は平均60頭。小規模な酪農家が多い本州では小型で安価なものでないと普及が進まない。」と小型化の必要性を伝え続けました。
2018年、チェンマイ大学の教授の紹介を受け、タイの家庭で使われているという球体型のバイオガスユニットを輸入し牧場へ運び入れました。大学教授やメンテナンスの専門家などが一同に集まり試行錯誤しながら日本式に改良し念願の1号機が完成。牛舎で出たふん尿を自動で固体と液体に分け、固体は畑のたい肥にし、液体は土地の勾配を利用し管を通ってバイオガスユニットに運ばれます。ふん尿の他、レストランなどで出た残渣をユニットに投入し、一定の温度に保ちながら、撹拌機でかき混ぜ発酵を促します。発生したバイオガスは、牧場内の施設へ届けられ熱エネルギーとして活用します。また、課題であった匂いはバイオガスユニットの導入により大きく改善されました。現在は、1号機で得られた知見をもとに改良された2号機も稼働しています。

エネルギーだけではない。副産物「消化液」の驚きの効果

バイオガスユニットの面白さはエネルギーの自給だけではありません。バイオガス発生時にできる副産物「消化液」にも注目です。消化液が植物の成長にどのような効果があるか実験したところ、発芽のしやすさを示す値が基準をはるかに超えたのです。牧場内で出たふん尿や残渣だけで作られた消化液は有機の肥料としても認められ、全国に先駆けて「有機JAS資材」に登録されました。さらに、農家、蔵元、新聞社で構成された「地エネと環境の地域デザイン協議会」による、環境にやさしいお酒を作るプロジェクトにも活用されています。酒米農家である豊倉町営農組合の田中吉典さん、株式会社tenの名古屋敦さんが中心となり消化液を使った酒米づくりに挑戦。出来た酒米を「福寿」「盛典」「富久錦」「播州一献」の4銘柄の蔵元で醸し「環(めぐる)」というお酒が完成しました。プロジェクトを通して消化液は酒米の収穫量を増加させ品質を高めるだけでなく、土壌環境の改善にも効果があることが明らかになりました。忠生さんは「消化液によって微生物の活動が活発になり、生き物が棲みやすい環境を作り出しているのではないか。」と考えています。消化液の活用は酒米づくりにとどまりません。プロジェクトの仲間である中西重喜さんが消化液のみを使った無農薬の米栽培を2年前から始めるなど、前向きに挑戦する方々の力により消化液の可能性が拡がってきました。現在は神戸市内の都市農園「シェラトンファーム」や「そらばらけ」でも活用されています。「野菜が甘くなった!」と好評なのだそう。弓削牧場内では、畑での活用はもちろんのこと、家庭用に販売もしています。

牛にも人間にも、環境にもやさしい酪農

お話を伺った後、忠生さんと和子さんの案内で牧場内を散策しました。バイオガスは「牧場内で循環させたい」との想いから、温室の暖房やチーズやお菓子の製造でお湯を沸かす際などに活用しています。熱として使う方が電気に変えるより効率がいいのだそうです。牛舎で目を引くのが、大きな搾乳ロボット。牛が乳を搾ってもらいたいと思うタイミングでロボット内に入り自動で搾乳する機械です。餌やりも機械化が進み、食べすぎないよう首にかけられたチップで分量が管理されています。次世代によりよい酪農をつないでいくために、新しい機械や仕組みをいち早く導入しています。

牧場の奥へ進み、少し坂を上ると、牧場を一望できる見晴らし台が現れます。牛は成熟するまでは放牧で飼育しており、牧場の周囲を自由に駆け回れるように整備されていて、牛たちが気持ちよさそうにゆったりと過ごしています。「牛にとってストレスフリーな環境づくりを心がけています。牛も人間もハッピーな牧場を目指しているんです。」と和子さん。

畑では、野菜やハーブが活き活きと育っています。農薬不使用で消化液を使ってできた有機野菜です。香りがはっきりとした弓削牧場のミントは人気が高く、六甲アイランドの地ビール醸造所「IN THA DOOR BREWING(インザドアブルーイング)」のビールなどで使われています。「チーズハウス・ヤルゴイ」では、チーズを牧場内で採れた新鮮な野菜とハーブを一緒にいただくことができます。お隣のショップではチーズやお菓子の他、チーズ製造時の副産物ホエイを使った石鹸や化粧水を販売。お肌にやさしく、すべすべになると人気なのだそう。牧場内のあちこちに資源を余すことなく使う工夫が見られます。その他にも養蜂やエディブルガーデン、牧場ウェディングなどわくわくする要素がたくさん詰まっており、テーマパークのようです。

二人の想いは次世代へ、まだまだ挑戦は続く

これまで数々の挑戦をされてきた忠生さんと和子さん。トレードマークの3人の子どもたちにも夫婦の想いは引き継がれ、弓削牧場はさらに発展していきます。取材の最後に今後の夢を伺いました。

忠生さん
バイオガスユニットをさらに改良して3号機を作り、全国の小規模酪農家にバイオガスプラントを普及させたいと考えています。また、消化液によって、酪農家が地域の肥料の供給拠点になればと思います。

忠生さんと和子さんの、どんなときも諦めず進んでいく力強さと、新しいものを果敢に取り入れていく柔軟さは、環境活動をする上で大切にしたい姿勢だと感じます。みなさんもぜひ一度、お二人の想いが詰まった環境にやさしい酪農を体験しに、弓削牧場へ足を運んでみてください。

弓削牧場

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